第31回 Zoomアップセミナー
まとめ
1. セミナー全体のテーマ
今回のセミナーでは、チリワインを単に「コストパフォーマンスが高いワイン」として見るのではなく、
極限環境(エクストリーム・クライメイト)、海・霧・標高・土壌、さらに品種特性と醸造技術まで含めて、プレミアムチリワインの個性を深く理解することが大きなテーマでした。
紹介されたワインは以下の5本です。
- ウアスコ・ヴァレーのソーヴィニヨン・ブラン
- リマリ・ヴァレーのアメリア シャルドネ
- マウレ周辺のパイス
- コルチャグア、アパルタのカルメネール
- エルキ・ヴァレーの高標高グルナッシュ
これらを通して、チリの多様性と奥行きが示されました。
2. 1番目のワイン
ウアスコ・ヴァレーのソーヴィニヨン・ブラン
テクニカル
- ヴィンテージ:2024年
- アルコール度数:13%
- 収穫:3月第1週、早朝の涼しい時間帯
- 低温管理しながらワイナリーへ運搬
- 空気接触を抑えながら処理
- 低温で6〜8時間管理
- 10か月間オリとともに熟成
- バトナージュ実施
比較的クラシックな造りでありながら、丁寧な温度管理やシュール・リー熟成によって、香りと味わいに厚みと複雑さが与えられていました。
外観
- 淡いグリーンがかったレモンイエロー
- 透明感が高い
- 若々しく、冷涼感のある印象
香り
- 青リンゴ
- パッションフルーツ
- グアバ
- キーライム、柑橘
- レモングラス、レモンバーム
- 軽いベルペッパー
- オリ由来のほのかなトースト香
- 海を思わせるヨード、塩風のニュアンス
ソーヴィニヨン・ブランらしいチオール系の香りがしっかり感じられ、華やかさと冷涼感が共存していました。
味わい
- フレッシュで生き生きしたアタック
- 高い酸
- ジューシーな果実味
- 中盤から塩味を思わせるアクセント
- 食欲を刺激するアプタイジングなスタイル
単なるフルーツフォワードなニューワールドスタイルではなく、
果実味、酸、塩味、海のニュアンスが一体化した食中向きのソーヴィニヨン・ブランとして理解されました。
産地特徴:ウアスコ・ヴァレー
- チリ北部、アタカマ方面の海に近い産地
- エクストリーム・クライメイトの一例
- 海から約20km
- 冷たい太平洋、フンボルト海流の影響
- カマンチャカと呼ばれる濃霧の影響
- 石灰質・砂・粘土を含む土壌
この産地の最大の特徴は、砂漠に近い乾燥地帯でありながら、海霧によって冷却されることです。
この気候条件が、酸の高さ、果実の凝縮感、そして独特のヨード感・塩味につながっていました。
塩味の由来について
講師自身がチリの生産者たちに質問したところ、多くの生産者が、
- 沿岸の霧
- カマンチャカ
- 海の影響
を塩味・ヨード感の背景として挙げていたのが印象的だったとのことでした。
つまり、塩味は単なる比喩ではなく、その土地らしさを表す重要な感覚要素として語られていました。
チオール系化合物
ソーヴィニヨン・ブランらしいパッションフルーツやグレープフルーツ香にはチオール系化合物が関わっています。
特に3MHなどの前駆体は、
- 銅イオンと結びつきやすい
- ボルドー液の使用で減少しやすい
- 深夜〜早朝収穫で増加しやすい
という研究知見もあり、収穫タイミングや畑管理でアロマ表現をコントロールできることが説明されました。
ペアリング
- セビーチェ
- ワカモレ
- メキシカン全般
- アボカド料理
セビーチェとは、ライム、ハーブ、魚介の旨味と、ワインの柑橘・ハーブ・塩味が見事に同調。
ワカモレとは、アボカドのまろやかさに酸とハーブ感が寄り添う組み合わせとして紹介されました。
推奨温度・グラス
- 10〜12℃程度
- 小ぶりのチューリップ型グラス
温度を上げすぎず、フレッシュさと塩味のニュアンスを保つことが推奨されました。
3. 2番目のワイン
アメリア シャルドネ 2021(リマリ・ヴァレー)
ワインの位置づけ
- コンチャ・イ・トロのトップキュヴェ
- リマリ・ヴァレー産シャルドネ
- 希望小売価格 約7,700円
- プレミアムチリワインの代表例
講師が現地で畑を訪問した際、「これほど高いレベルのシャルドネがチリで造られているのか」と驚いたワインとして紹介されました。
テクニカル
- 手摘み収穫
- 全房圧搾
- フレンチオークで8日間発酵
- フレンチオーク熟成12か月
- 新樽10%、旧樽90%
- シュール・リー熟成
- マロラクティック発酵由来のニュアンスあり
外観
- やや濃いめのイエロー
- ほんのり黄金がかったトーン
- 2021年らしい落ち着き
- 粘性もやや高め
香り
- 白桃
- アプリコット
- ネクタリン
- レモンブロッサム
- ヘーゼルナッツ
- バニラビーンズ
- 甘いスパイス
- アマレットを思わせるニュアンス
果実、花、樽、MLF由来の香りが非常に上品に調和し、複雑で多層的なシャルドネとして説明されました。
味わい
- フレッシュなアタック
- 緻密で洗練された酸
- 樽由来の奥行き
- シュール・リー由来の柔らかな質感
- シームレスなテクスチャー
- 長くナッティーな余韻
リマリ・ヴァレーの特徴
- 非常に乾燥した産地
- 年間降水量 約90mm
- エクストリーム・クライメイトの一つ
- 水の確保が栽培上の大きな課題
- 干ばつの影響で畑拡大が難しかった時期もある
石灰質土壌の解説
今回特に詳しく説明されたポイントです。
石灰質土壌のメリット
- 保水性と排水性のバランスがよい
- 過不足ない水分を保ちやすい
- 乾燥地でも雨の多い地域でも栽培に有利
石灰質土壌の注意点
- pHが高い
- 鉄分吸収が低下しやすい
- 葉緑素合成が低下し、光合成効率が落ちる可能性がある
つまり、石灰質だから自動的に高品質ワインができるわけではなく、
生産者がその特徴を理解し、管理することで高品質に結びつけているという点が強調されました。
石灰質と酸の関係
- 石灰質土壌ではカリウム吸収が下がりやすい
- カリウムは酒石酸と結合し、減酸を進める
- カリウムが少ないと酒石酸が保持されやすい
- その結果、酸が高く保たれやすい
このため、石灰質土壌由来のワインは「フレッシュな酸」を持つと語られます。
アメリアのシャルドネも、冷涼気候に加えて石灰質土壌が酸を支えていると説明されました。
白い土壌の反射
- 白い土壌は光を反射しやすい
- ブドウ樹に光が当たりやすくなる
- 光合成効率向上にも寄与
生産者・醸造家
- マルセロ・パパ
- コンチャ・イ・トロを代表する醸造家
- 2019年 ティム・アトキン選出 Winemaker of the Year
- トップキュヴェから大規模ブランドまで幅広く高品質を維持する人物
ペアリング
- 地元ではチリホッキ貝などの魚介
- 石灰質由来の張りのある酸、樽の奥行き、塩味が魚介に好相性
推奨グラス
- 大きめのバルーン型
- ブルゴーニュ型に近いシャルドネグラス
香りを広げ、温度変化やアロマの発展を楽しむことがすすめられました。
4. 3番目のワイン
パイス
品種特性
パイスは非常にバイタリティが高く、
- 熱に強い
- 病気に強い
- 乾燥にも比較的耐性がある
といった特徴を持つ品種として説明されました。
そのため、雨の多い南部地域でも長寿の古木が残りやすく、200年を超える樹齢の木々も見られるほどです。
外観
- 淡いラズベリーレッド
- エッジに明るいピンク
- 若々しい2023年ヴィンテージ
- アルコール 12.5%
- 軽やかさが見た目にも表れている
香り
- ワイルドラズベリー
- 野いちご
- マルベリー
- ごぼうのような根菜
- 土っぽさ
- 漢方薬
- アマーロのような甘苦いスパイス
香りのタイプは「ノーブル」「高貴」というより、
素朴で田舎らしい、ラスティックな魅力として表現されました。
味わい
- 非常にジューシー
- みずみずしい
- 軽やか
- タンニンは穏やか
- 少し冷やして楽しめる赤ワイン
甘苦さやハーブ、土っぽさもあり、ネグローニなどの甘苦系カクテルを連想させるニュアンスもあると説明されました。
パイスの多様なスタイル
近年はパイスから、
- ロゼの瓶内二次発酵スパークリング
- 突然変異した白ブドウのパイスによる白ワイン
- 素朴なフィールドブレンドワイン
など、多様なスタイルが造られています。
ピペーニョ
特に重要な用語として紹介されたのがピペーニョです。
- パイスやクリオージャ系品種を主体とする
- 農家的で素朴なワイン
- フィールドブレンドで作られることも多い
- 大型ボトルやプラスチック容器で地元消費されることもある
- チリらしいクラシックな庶民派ワイン文化の象徴
生産者
- ブション
- ロベルト・エンリケスなども言及
- ロベルト・エンリケスはチリを代表するナチュラルなアプローチの生産者として紹介
ペアリング
- エンパナーダ
- 餃子
- ナッツ
- 生ハム
- サラミ
とりわけ餃子との相性が面白い例として挙げられました。
ジューシーな餡や、醤油+酢のたれの軽い酸味が、パイスの軽快さやラスティックさに調和すると説明されました。
推奨グラス
- 中ぶり〜やや小ぶり
- 少し冷やしめ
- ごくごく飲める気軽さを活かすスタイル
5. 4番目のワイン
モンテス ウィングス カルメネール 2021
産地:コルチャグア、アパルタ
テクニカル
- カルメネール主体
- カベルネ・フラン15%ブレンド
- 5〜7日間のコールドソーク
- 発酵後のエクステンデッド・マセラシオン実施
コールドソークの目的
- 果実味をより引き出す
- 色素抽出を高める
- 色調の安定化
エクステンデッド・マセラシオンの目的
- タンニン含有量を高める
- 分子を重合させ、より大きくする
- 渋み・苦みを柔らかくする
- リッチで円熟した印象を与える
ただし、
- 色の再吸着で色が薄くなるリスク
- 微生物汚染リスク
もあり、慎重な管理が必要なテクニックとされました。
外観
- 深いダークチェリーレッド
- 中心部に黒み
- エッジはまだ紫がかる
- 若さと凝縮感が共存
香り
- ブラックベリー
- ブラックチェリー
- クレーム・ド・カシス
- ベーキングスパイス
- 焼いたパプリカ
- セージ
- ローズマリー
- グラファイト
- 黒塩
- タバコの葉
カルメネールやカベルネ・フラン由来のピラジンが、未熟な青臭さではなく、
焼いたパプリカやハーブのような食欲をそそるセイボリーな方向に出ているのが特徴として語られました。
味わい
- 高い密度
- 強い凝縮感
- 14.5%のアルコールを感じさせないバランス
- フレッシュな酸
- 滑らかなタンニン
- ボルドー格付けシャトーを思わせるレベル感
アパルタとペウモの違い
今回大きな学びとして扱われたのが、
コルチャグア(アパルタ)とカチャポアル(ペウモ)の違いです。
アパルタ
- 山腹の区画
- 花崗岩が露出する痩せた土壌
- 標高がやや高い
- ブドウが小粒化しやすい
- 強い凝縮感
- パワフル
- ストラクチャーのあるスタイル
ペウモ
- よりフラットなエリア
- 粘土質土壌が多い
- 柔らかくコクのあるスタイル
- 丸みが出やすい
同じカルメネールでも、テロワールによるスタイル差が非常に大きいことが示されました。
カルメネールの歴史
- もともとはボルドー品種
- メルロと混同されていた歴史
- フィロキセラ後に数を減らした
- 接ぎ木が難しかった
- 当時のボルドーの冷涼な海洋性気候では熟しにくかった
- チリで市民権を得た品種
ピラジンのコントロール
セーニャの畑写真を例に、
- 地下水が豊富で樹勢が高い畑は青さが強い
- 水が少なく樹勢が抑えられた畑は熟度が高い
という違いが示され、カルメネールにおけるグリーン香の出方は、
畑管理と樹勢コントロールが非常に重要であると説明されました。
ペアリング
- アサード(肉料理、バーベキュー)
- うな重
- 山椒を添えた鰻
特に鰻との相性は印象的で、
タレの香ばしさ、鰻の柔らかさ、山椒のスパイス感が、カルメネールのセイボリーさと非常に調和すると紹介されました。
推奨グラス
- ボルドー型のチューリップグラス
6. 5番目のワイン
アルコウアス クエスタ・チカ グルナッシュ 2018
産地:エルキ・ヴァレー
テクニカル
- 単一畑
- 全房比率60%
- グルナッシュは酸化しやすいため、ラガールではなく密閉型コンクリートタンクで醸造
アルコウアス自体は、石の桶を使い足踏みで仕込むプリミティブなスタイルで知られますが、このキュヴェでは品種特性に応じて醸造容器を選んでいることが示されました。
ヴィンテージ訂正
- リストに2019とあっても実際は2018
- 熟成感が外観にもはっきり現れている
外観
- やや淡い
- ガーネット
- オレンジがかった発展的なトーン
味わい・構造
- 一般的なグルナッシュに比べ酸が高い
- 標高由来のフレッシュな酸
- 果皮が厚く、タンニンにグリップがある
- セイボリーさも感じられる
エルキ・ヴァレーの特徴
- チリでも最も高標高の産地の一つ
- 標高1600〜2200m
- 標高100m上昇ごとに約0.6℃気温低下
- 強い日較差
- 強い紫外線
標高の影響
- 高い酸の保持
- 果皮の肥厚
- タンニン増加
- メトキシピラジンやロタンドンなど香気成分にも影響
生産者
- マルセロ・レタマル
- 元デ・マルティーノ
- チリの伝説的ワインメーカーの一人
- 2006年からアルコウアスでワイン造り
- 2023年からはスペインでも活動
ペアリング
- パタゴニア産ラム
パタゴニアもエクストリーム・クライメイトであり、過酷な環境で育つためラムは小ぶりで上品な肉質になりやすいと説明されました。
その繊細で旨味のあるラムと、セイボリーで高酸なグルナッシュが好相性とされました。
推奨グラス
- バルーン型
- ピノ・ノワールを飲むような感覚で、香りを広げて楽しむ
7. グラス選びの総まとめ
講師のコメントを整理すると、次のようになります。
1. ソーヴィニヨン・ブラン
- 小ぶりのチューリップ型
- 低温を保ちやすい
- フレッシュさ重視
2. シャルドネ
- 大きめのバルーン型
- 香りを広げる
- 温度変化も楽しむ
3. パイス
- 中ぶり〜小ぶり
- 少し冷やしめ
- 軽快さを活かす
4. カルメネール
- ボルドー型チューリップ
- 構造と複雑さを表現しやすい
5. グルナッシュ
- バルーン型
- 華やかさや広がりを引き出す
- ピノ・ノワール的発想でも可
8. セミナー全体の重要ポイント
今回のセミナーを通じて、特に重要だったのは以下の点です。
① チリは極限環境の宝庫である
- 砂漠に近い海沿い
- 高標高山岳地帯
- 水不足地域
- 強風、霧、寒暖差
こうした極限環境が、ワインに鮮烈な個性を与えていることが強く印象づけられました。
② プレミアムチリワインは「安旨」ではなく、テロワールの表現で評価すべき段階にある
特にアメリアやウィングス、アルコウアスなどは、
- 高い精度
- 産地の個性
- 品種特性の表現
- 緻密な醸造管理
によって、世界のプレミアムワインと並べて語れるレベルにあることが示されました。
③ 土壌や気候は単純化せず、仕組みで理解することが大切
たとえば石灰質土壌は、
- ただ「良い土壌」ではない
- カリウム、酒石酸、pH、鉄分吸収などの仕組みが重要
またカルメネールも、
- ただ「青い品種」ではない
- 栽培条件でピラジン表現は大きく変わる
というように、表面的な暗記ではなく、因果関係で理解する重要性が強調されました。
④ チリワインは料理との親和性が極めて高い
- セビーチェ
- ワカモレ
- 魚介
- 餃子
- エンパナーダ
- 鰻
- アサード
- ラム
このように、チリ料理だけでなく、和食や身近な料理まで幅広く寄り添えるのも、今回のワイン群の魅力でした。